Future beyond Digital printing 目次
- Future beyond Digital Printingについて
- ジョブズの印刷業界に与えた影響
- PCプリンターの歴史
- インターフェースについて
- どうなって行くのか、印刷展示会の将来は?
- デジタルプリンティングのルーツを探る
- インクジェット技術と製品の歴史(drupa2008以前)
- インクジェット技術と製品の歴史(drupa2008以降)-連続噴射型編
- ナノテクノロジーとナノグラフィック・プリンティング
- 特許情報から見えてきたLanda Nanographic Printing
- RICOH Pro VC60000に見るリコーPP製品事業戦略
- 新市場を創造するインクジェットプレスXerox Rialto 900 Inkjet Press
インクジェット技術と製品の歴史(drupa2008以降)-連続噴射型編
前回はdrupa2008以前の連帳プリンターの技術と製品の歴史を紹介しましたが、今回はdrupa2008以降から現在までのインクジェット技術と製品の内、Kodakの連続噴射型(コンティニュアス型)についてご紹介いたします。下図の様に連続噴射型にも幾つかの方式が有りますが、MEAD社の特許技術による第一世代の偏向制御方式は荷電偏向2値制御によるものです。即ち、ポンプで圧力をかけたインクをピエゾ発振子の機械的振動によりインク滴化し、インク滴の飛翔中にインク滴を選択的に帯電させ、プリントに使用しないインク滴は偏向電極中を通過中に軌道が曲がりインク回収部でキャッチされることで、記録媒体上に画像や文字を描画する技術です。しかし、荷電偏向方式ではインク滴を帯電させる必要があるので水性染料インクしか使えず、印刷用紙も限定されますし、オフセット印刷品質にはるかに及びません。
Kodak Versamark 社が日本市場でVersamark DS Printing systemを販売し始めた1990年代初頭、このシステムの主たる用途は圧着ハガキDMを使ったDPS(Data Print Service)用でした。従って、極論するとプリント品質は読めれば良い程度で、重要なのはプリント速度とランニングコストでした。しかし、1990年代後半になると、世界的規模で商業、流通や金融などあらゆる分野での構造変化が訪れ、それに伴ってマーケッティング手法も変化し、高印刷品質なダイレクトメールが急増してきました。これらの印刷方法は事前印刷をオフセット印刷で行い、宛名プリントを電子写真方式デジタルプリンターで追い刷りするか、輪転印刷機にインラインで宛名プリント用インクジェットユニットを使う方法が主流でした。
ダイレクトメールに求められる新たなニーズは、オフセット印刷業界で一般的に使われている印刷用紙に、オフセット印刷と同等以上の印刷品質です。この課題を連続噴射型インクジェットで達成するには、荷電偏向2値制御方式では不可能であることをKodak開発陣は分かっていたはずでしょう。従って、出来るだけインク仕様(顔料インクの使用可など)に出来るだけ制約を与えずに、荷電偏向2値制御方式以上の性能を達成する新規技術の開発が1995年前後から(筆者による特許資料の調査結果から類推、)始まっていたと思われます。荷電偏向2値制御方式に代わる新技術の最初のものと思われる特許(USP:6,079,820)は、米国で1997年10月17日に出願されたもので、下図に示すようにインク滴形成手段がピエゾの振動では無く、MEMSで形成したノズル出口のヒーターの温度変化を利用するものです。水は温度が変わると表面張力も変わる性質を持っていますので、高周期でヒーターの温度を変化させると液滴が出来ます。
更にこの特許では、2つのヒーターに温度差を付ける事でインク滴が斜めに飛んで行くことを説明していますが、現時点で実用化はされていない様です。
Kodak Stream Inkjet Technology at drupa2008
2008年5月、Kodakはdrupa2008において新技術による連続噴射型インクジェット製品群のデモ展示を行ないました。Kodakの展示ブースはいつも派手な印象を受けるのですが、この時の展示ブース紹介はセグウェイに乗った司会者が各セクションを回って行くといったもので、見ている側としてはとても楽しかったのを覚えています。この時に使われていたKodak Stream Inkjet Technologyのビデオ画像の写真を以下に載せます。
Kodak Stream Inkjet Technologyに関する独自考察
筆者はインクジェット技術分野ではプロフェッショナルですから、HP, Xerox, 京セラ他の各メーカーのインクジェット技術の特許調査を、常時行っています。その結論としてKodakが1977年の特許出願以降にも多数の特許出願を継続的に出願している事は、すなわち新しい連続噴射型の技術開発を行っていた事に他ならないと判断しました。Kodak Stream Inkjet Technologyに使われている技術も特許出願(日本:特願2007-558042)されていますが、その原理を基本構造図とヒーター通電パルス間隔を元に説明します。プリント待機状態では、ノズル+ヒーター部分には一定のパルス幅と周期で通電(0.1~5μsec、250KHz~5MHz)されており、回収用小液滴がノズルから吐出すると、飛翔経路の途中に設けられたエアーフロー部分で横風を受けインクガター側に吹き飛ばされ、印刷用メディアには到達しません。ヒーター通電パルス間隔を大液滴形成時パルス間隔にするとインク液滴はプリント用大液滴となり重量が重くなるので、前述のエアーフロー部分での横風を受けても微小な曲りですみ、印刷用メディアまで到達します。画像や文字をプリントする場合はコントローラー側から送られるデータに基づき、前述の制御が行われることにより高速プリントが実現する、という考え方です。
Prosper Pressシリーズ製品、上市までの道のり
drupa2008でKodak Stream Inkjet Technologyをデモ展示した以降に行われた主要な展示会(GraphEXPO 2008, Print09他)では実機展示が一切ありませんでした。通常、この様な新製品開発(プリントヘッドからの開発の場合は特に長期間)に要する期間は最低でも5年は要しますから、2005年からの開発スタートであれば製品完成時期は2010年となります。そして、不幸なことにKodakは2008年以降に毎年赤字でしたから、開発費や展示会出展費用なども捻出できない状況だったのかもしれません。
しかし、この様な厳しい状況下でも、日本にVersamarakシリーズ等の既存製品顧客を多く持つKodakはJGAS2009にProsper S10の実機展示とデモを行いました。冒頭にも述べましたように、日本独自の圧着ハガキDMというDPSビジネスが存在する関係上、Prosper S10の様な製品はデジタル化を模索しているアナログ印刷機しか持たない印刷会社にはうってつけなのです。
Kodak の再生とProsper Pressシリーズ
2005年からEastman Kodak社の経営再建を任されて最高経営責任者(CEO)となったアントニオ・ペレス氏とはdrupa2008以降のプレスコンファレンスでたびたびお会いしているが、常に彼がプレゼンテーションの先頭に立ち、自分の言葉で信念を持って製品やソリューションの説明を行っていたのが印象的でした。
また今年の6月10日には久々の新製品Kodak Prosper 6000 Pressシリーズ 2モデルを発表し、先行するHP, XeroxやOceを追撃する体制を整えました。技術的見地からも、連続噴射型(熱と風による制御方式)対オンデマンド型がプロダクションプリント分野で、各々の特長を生かしてどのように普及していくか興味あるところです。